研究テーマ

HNX/ECCO実験またはRIO実験

 この宇宙には様々な元素が存在しています。その存在量は,非常に大まかには,軽い元素に比べ,元素が重くなればなるほど存在量が小さくなっていることが観測により知られてます。この事実は,ビッグバン以降の137億年の宇宙の歴史の中で,元素が軽い元素から順に作られるモデルでおおよそ説明ができています。

 この存在量をもう少し詳細に調べてみると,鉄のところに目立った極大が見られます。これは,原子核の核子間の結合エネルギーが水素から鉄までは大きくなっていることにより,星の内部での発熱核融合反応で順次合成されていったことによると考えられています。

 これに対し,周期律表で鉄以上の原子核は,穏やかな核融合反応では吸熱反応となるので星の内部では作られません。その代わりに,星の末期の超新星爆発などの中性子過剰な雰囲気のもとで,s(slow)-過程やr(rapid)-過程と呼ばれる反応などで作られたと考えられています。しかしながら,軽い元素の歴史に比べるとじゅうぶんに理解されているとは到底いえない状況です。

まだよく解明されていない宇宙線

 一方,上空を見上げれば,宇宙線と呼ばれる高エネルギーの粒子が絶え間なく地球に降り注いでいることが良く知られています。この中には様々な元素の原子核が含まれていて,その組成が太陽系の組成に近いことも分かっています。したがって,宇宙線の源は太陽系と似たところであることが推測できますが,しかし,どこで,どのようにして宇宙線が高エネルギーに加速されているか,宇宙線は古いのか新しいのか,などは,エネルギー源として超新星爆発が予想されている以外は良く分かっていません。

 この宇宙線の起源と伝搬と加速の謎を解く手段として,宇宙線の原子核成分を正確に測ると有力な手掛かりが得られます。例えば,過去に行われた観測によれば,揮発性が高い(融点,沸点が低く蒸気圧の高い)元素の原子核は宇宙線中の存在量が少ない,という傾向が見られています。また,イオン化エネルギーの大きな元素の原子核も存在量が少ないという傾向も分かっています。揮発性が高い多くの元素はイオン化エネルギーも大きいのですが,中には鉛などのように,揮発性は高いにもかかわらずイオン化エネルギーの小さな元素も存在することから,このような特定の元素の存在量に着目すれば,宇宙線の起源に揮発性が関係するのか,それともイオン化エネルギーが関係するのか区別することが可能になります。さらに,不安定な原子核を観測できれば,宇宙線の"年代測定"が可能となって宇宙線の供給源が新しいか古いかの区別が得られることでしょう。

 このように,宇宙線についてどの原子核がどれくらい飛来しているか組成を精度良く調べ,太陽系の組成との違いを正確に測ることはとても興味深いことです。

高高度での観測が必須

 しかし,宇宙線中の高エネルギーの原子核を精度良く測ることは地球上では殆ど不可能です。大気は水換算で10mにもおよぶ厚い層なので,降ってくる原子核は大気に衝突して全部ばらばらに壊れてしまうからです。したがって,大気球により大気の上層に出るか衛星などで宇宙に出て観測を行なうことが必須となります。

HNX/ECCO実験計画

 HNX(Heavy Nuclei eXplorer)実験は,宇宙に出て宇宙線中の重い原子核の成分を従来にない精確さで測ろうという日米の国際共同実験計画です。HNXは,ENTICEとECCOと呼ぶ2つの測定器からなります。前者はシリコン半導体検出器を用いて,Z=30~70+の原子核を測るもので,後者のECCOは,ガラス飛跡検出器のBP-1を20m2という大面積に用い,約3年間の暴露でZ=70~の原子核を測るものです。これほど大規模な観測は過去に例がありません。この規模があれば,飛来数の少ないウランやトリウムなどのアクチニドの原子核も,最低でも100個は観測できることが予想出来るため,宇宙線の源の物質の年代測定が初めて可能になります。

固体飛跡検出器

 ECCOで用いるガラス飛跡検出器は固体飛跡検出器の一種で,重イオンの入射により生ずる潜在的な放射線損傷部を化学エッチングにより巨視的なサイズの円錐凹みに成長させて観察します。この凹みの形状は入射粒子の入射角度と付与された放射線損傷の大きさにより決まるので,それらの情報を得ることができます。

HNX実験は実現困難?

 しかし残念ながら,最近になってHNX計画は実現が困難な状況にあります。理由は,実験装置をスペースシャトルで運搬して衛星軌道に載せる計画であったため,使用を予定していたスペースシャトルの計画の縮小により困難になったのです。また,衛星の代わりに国際宇宙ステーション(ISS)への搭載を検討していますが,ISS上の実験スペースや回収手段の問題がまだ未解決です。このあたりの事情は個人ではどうにもならないことも多いので仕方がありません。

HNX実験に替わる計画へ

 このように当初のHNX実験は困難になりましたが,その目指す物理や実験手法については審査の過程で高い評価を受けていました。そこで我々は,形を変えて実験を実現させるため,面積をHNX/ECCO計画よりも少ない数m2に縮小して国際宇宙ステーションに搭載して観測する計画変更を考えています。この数m2という面積で意味のある結果を得るためには,飛来頻度のより多い原子核種の観測で結果を出さないといけません。さらに,飛程の違いを利用して同位体の弁別をも実現しようと考えています(RIO計画)。もし同位体が弁別できれば,元素の進化過程の化学過程による影響を排除できるため,より精密な議論が可能になるでしょう。

CR-39プラスチックとBP-1ガラス

 我々は,計画変更後に使用する固体飛跡検出器として,CR-39プラスチックとBP-1ガラスの2種類を検討しています。CR-39は放射線モニターとして民生使用されている高感度プラスチックですが,宇宙の真空と著しい温度変化の過酷な環境下で樹脂を用いることの難しさと,感度が本研究の目的には高すぎることにより鉄イオンなどによる多数のバックグラウンド飛跡の克服が重大な問題になります。そのため,共同研究者である早大のグループが,選択肢の1つとして,CR-39の感度を低めに調整した検出器の開発を進めています。

 その一方,中村研では,BP-1と呼ばれるガラス飛跡検出器の国内製造に取り組んでいます。BP-1は米国カリフォルニア大学バークレー校(UCB)の研究者により開発された無色透明なバリウムリン酸ガラスの一種で,CR-39よりは適度に感度が低く真空や温度変化の影響を殆ど受けないことがメリットですが,これまで米国でUCBの研究者が必要なだけ製造してきたため一般には入手が困難でした。そこで我々は本邦で初めてBP-1ガラスの製造に取り組んでおり,将来は国内で自由にBP-1ガラスが供給できるようにしたいと考えています。

真空紫外光を用いた新しい解析装置などを発案

 中村研では,このECCO/RIO計画の実現のために,2001年頃に中村が真空紫外光を用いたBP-1ガラスの飛跡の新しい解析装置をも発案しています。固体飛跡検出器では,入射重イオンが検出器を貫通し,エッチングを十分に押し進めて表裏両表面で成長した凹みが繋がれば,飛跡は貫通孔になります。貫通すれば,BP-1ガラスが波長の短い真空紫外光に対して不透明である性質を利用して,飛跡を高いコントラストで見出すことが可能になるというものです。実際に試験装置を製作し,期待された性能を持つことも確認がほぼ済んでいます。

 また2003年末にはさらに,中村が可視光を用いたBP-1ガラスの新しい解析装置を発案しました。この装置の実用化には今後に試験研究が必要ですが,将来性のあるシステムとして高い評価を受けています。これらの解析装置の研究はいずれも,高エネルギー加速器研究機構,放射線医学総合研究所,早稲田大学,カリフォルニア大バークレー校のグループの協力を得て進めてきました。