研究テーマ

新しいX線マルチコリメータの開発

 本研究は,バリウムを多く含有するBP-1ガラス飛跡検出器を用いて,10keV以上のX線をサブミクロンサイズのビームに絞ることのできる,従来には無かった超微細なマルチコリメータを開発しようというものです。このようなコリメータは,X線天文学の観測衛星に用いられるX線CCDを開発し実用化する上で必須です。

X線CCDの信号応答と電荷雲のサイズ

 X線CCDはX線光学系の標準的な焦点面検出器として用いられるイメージセンサですが,その信号の生成の仕方は可視光用のCCDと違いがあります。可視光用のCCDでは光子の吸収で1個の電子しか生成されませんが,X線CCDの場合は吸収されたエネルギーが多数の電子に分散することから結果的に光子あたり数百から数千個の電子が作られます。これらの電子は電極で集められる際に拡散により有限の広がりを持つ電荷雲となるため,画素内の中央で生成された場合には1画素内に閉じた信号となり,画素の境界付近で生成された場合には隣接した複数の画素に分割された信号となります。このように光子の入射位置に依って信号の現れ方が異なることから,分割された信号は合計しなければ元の光子のエネルギーを正しく知ることは出来ません。その振舞いを正確に把握するために,画素内の様々な位置にX線を入射させて応答を知ることが必要であり,そのためには画素サイズよりも細い径の極めて細いX線ビームが必要です。

 画素の境界付近での信号の生成位置と信号の分割のされ方との関係は,電荷雲のサイズの大小に依存することは明らかです。電荷雲のサイズがあらかじめ知られていれば,信号の分割のされ方から画素サイズ以下の精度で信号の生成位置を知ることが出来るということになります。このために,画素サイズよりも細い径のX線ビームを画素の様々な位置に入射させた場合の信号の出方を調べ電荷雲のサイズを測っておくことが重要です。

微細なX線コリメータ

 このような細いビームを得るためには,X線の吸収率の高い物質に径の小さい孔を開けて作った微細なX線コリメータを用いれば良いですが,ビーム径が細くなると径の2乗に比例してX線強度が減ってしまうため,現実的な解としては,X線CCDの画素特性の一様性を利用して,微細な孔を多数開けたマルチコリメータを用いて様々な入射位置における信号応答の関係を求めることが行われています。実際にこれまで,数keV迄のX線に対して厚みが13μmの金箔を用いたメッシュを用いてX線CCDの特性が調べられてきました。

 軟X線の観測で多大な成功を収めたX線天文学において天体の硬X線の放射が注目されるようになり,硬X線用の光学系が進歩するにしたがって,10keV以上のX線に対するX線CCDの開発が始まっています。しかしながら,10keV以上のX線に対しては,上記のように電荷雲の詳細な情報を得る試験に必須であるにもかかわらず条件を満たすものが存在しませんでした。そこで我々は,重イオン検出用のガラス飛跡検出器がX線の吸収率の高いバリウムを多く含むと同時にアスペクト比が大きい微細な貫通孔を多数生成可能であることに着目し,10keV以上のX線に使用可能なマルチコリメータを発明したのです。

 また,このようなコリメータが開発されれば,我々はサブミクロンスケールでX線の照射をコントロールできるようになり,ナノテク産業の発展にも大いに寄与することが可能かもしれません。

2004年にアイディアを提案
コリメータ

 中村研では,BP-1ガラス飛跡検出器を用いるECCO実験の研究の副産物として,2004年の2月にこの新しいX線コリメータのアイデアを提案しました。そして現在,研究の価値を認めた宇宙航空研究開発機構,高エネルギー加速器研究機構,放射線医学総合研究所の研究者の協力を得て,中村研の院生が中心となって,精力的に開発を進めています。

これにより10keV前後のX線を考え通りに絞ることができることを,高解像度のX線フィルムを用いて示すことができました。
BP-1 X線ビーム

特許を出願

 本研究の成果は,2005年に2件の国内特許 として出願し,さらに2006年には外国出願(PCT)も行ないました。今後,さらに発展するものと考えて研究を進めています。